自由に生きたい看護師のブログ

会社員から転職してきた看護師が思うコト

病院でどうしてもバナナが食べたいと嘆くおばあさんをみて昔話を思い出した

病院で、バナナが食べたいと嘆いているおばあさんがいます。
食事制限があるので、病院スタッフが買ってきて食べさせてあげることはできません。
そんなおばあさんを見ていてふと、ある昔話を思い出しました。

 

どこで読んだのかもわからないし、細かいところは忘れてしまったけど、話の筋はこんなかんじです。

 

あるところに寝たきりのおばあさんと親孝行の息子がいました。
ある日おばあさんが、死ぬまでにもう一度りんごが食べられたらなぁと言いました。(…たぶんりんごだったと思う)


でも季節はずれで、りんごなんて手に入りません。おばあさんは次の冬までもつかわからず、季節がくるのを待っていても、りんごを食べさせてあげられないかもしれません。
そこで親孝行の息子はおばあさんの最後の望みを叶えるために、りんご探しの旅に出かけました。


長いこと家を留守にしてあちこち探したけど,どこにもりんごは見つかりませんでした。さぞかしがっかりするだろうなぁと肩を落として息子が帰宅すると、おばあさんはすでに亡くなっていました。
1人でどんなに寂しかっただろうか、せめて傍にいてあげたらよかった、と息子はひどく悔やみました。


というお話です。

 

貧しい昔話の時代と豊かな現代の違い

 

現代ならインターネットでりんごを注文して、このおばあさんに食べさせてあげることができたかもしれないです。
しかし残念ながら、昔話の時代にそんなことできません。電気もガスもないので温室栽培はできないし、新鮮な食べ物を鮮度を保ったまま輸入するなんて技術もありません。


それに比べて現代は、科学技術の発展や資本主義システムで、生活が驚くほど豊かになりました。コンビニに行けばいつでも同じモノが売られているし、医療の進歩で人はなかなか死ななくなりました。昔話とはもう別世界です。


バナナなんて日本には元々なかった食べ物です。それを外国から輸入してきて、安い値段で年中食べられるなんて、昔話と比べると遥かに豊かな生活になりました。


が、何不自由ないように見える現代のおばあさんも、昔話と同じように食べたいモノが食べられないのです。健康上、一番いい状態でいられるよう病院で管理されているからです。


食べたいモノを食べられない。
こんなに生活が豊かになったのに、なんだか昔話と同じだなぁとしみじみ思ってしまいました。

 

今の医療技術でも人間を不老不死にすることはできないので、老化でどんどん弱って病気がちになるお年寄りには、健康のために生活の自由を制限して、管理することになります。

その結果、死を覚悟して最後にあれが食べたいとか言っても、却下されます。


体によくないと。

 

看護スタッフが患者のために食べ物を買ってきてあげるなんてことは、まあありません。病院では治療方針をおまかせにしていると、できる限り長生きできるように最善を尽くしてくれます。


しかし、それが患者さんが求めてるものかどうかは…どうでしょう。
もし自分の人生を最後まで自分でコントロールしたいなら、医者やその他の医療スタッフ、家族と事前によくよく話し合っておくことが、ものすごーく重要です。