自由に生きたい看護師のブログ

会社員から転職してきた看護師が思うコト

人生でただ楽しさだけを追求するのは虚しい

飲み会するネコたち

毎日のように飲んでバカ騒ぎ。記憶をなくすまで飲む人

医療業界は酒飲みが多い。私の職場にもお酒大好きな人がたくさんいます。しかも飲み方がすごい。
 
飲みすぎて記憶をなくすことが週に1,2回はある。
 
酔っぱらってそのへんの道端で寝てたこともある。
 
飲みすぎて救急車で運ばれたこともある。
 
そんな武勇伝を多数持っています。
 
 
自分のアルコール許容量を知らない学生じゃあるまいし、適度に飲めないものなのか。
 
私にはお酒が飲みたくなる気持ちがよくわからないので、冷ややかにそんなことを思ってます。
 
でも当の本人達は、
 
昨日も飲みすぎちゃったよ~
帰りに転んだのか、傷ができてる
何杯飲んだかなー記憶ないや
 
ってむしろ、自慢するかのように話してます。
 
どうやら、こんなバカなことをしたよってネタにして武勇伝をつくるのがまた楽しいみたいです。
 
 
よくわからない。
 
ただのアル中なのかな。
 
 
 
なんでそんなに飲むのか聞くと、アル中だからと。
 
 
やっぱり。
 
 
それと、楽しいから。
 
 
 
楽しいから?
 
う~ん。これ、なんか気になりました。
 
 

楽しさに何よりも価値を置いて追求するのは虚しいと思う

楽しいことはもちろんいいことなんだけども。
 
何かをしてみたらそれがめっちゃ楽しくてはまってしまった。
もう楽しくて楽しくて仕方ない。それをしてると充足感があるっていうのはオーケーです。問題なし。
 
そういう何かがあるのは素晴らしいと思います。
 
でも楽しさだけを求めるのって、なんか虚しいというか。
  

かの有名な2018年渋谷ハロウィン事件

 
例えばこれ
 
 
仮想して騒いでその時の楽しさとノリに任せて騒いだら、こうなった。
 
翌日にはニュースで日本中に知れ渡るって、冷静になったら青ざめるだろうな。
  
ノリと楽しさだけでは後悔することもあるでしょう。
 

テレビはお笑い芸人のバラエティ番組ばっかり

テレビでお笑い芸人を見ない日はない。テレビ界で確固とした位置を固めてます。
 
テレビがこうなんだから、世間の人が影響されて笑いさえあればよしとするのも無理はないと思います。
 
 
この前、なんの番組だったか忘れてしまったんだけど、古館さんと清水ミチコさんが出ていて、どこぞのお蔵の所蔵品をお宝鑑定していくってのやってたんだけど、そこで日本最古のピアノが出てきたんですよ。
 
あ、これこれ

日本最古のピアノ

1800年頃ドイツ人医師のシーボルトが、親交のあった熊谷さんという人にプレゼントしたピアノ。
 
山口県萩市の熊谷美術館に収蔵されているそうです。
 
で、お宝の鑑定をしてお値段いくらかって番組だったと思うんだけど、このピアノ、歴史的価値が高すぎてお値段をつけることができないと。
 
 
そんな価値あるピアノを、テレビということで特別に清水ミチコさんが弾かせてもらってたんだけど、矢野顕子のものまねピアノとか、笑いをとる方向だったんですよ。
 
 
なんだか残念だなーーーーって。
 
 
笑いでまとめるのがテレビ的にはてっとり早くてよかったのかもしれない。
 
清水ミチコさんのピアノもすごいとは思います。
 
 
でもねぇ、そんなすごいピアノを安っぽいお笑いのネタにしてるのが、低レベルだなぁとじんわりきました。
 
価値あるピアノの品が下がったかんじです。
 
  
これに限らずテレビはお笑いばっかりで、笑いがとれたらそれでいいという、お笑い偏重が日本中をすっぽり覆いつくしているという印象を受けます。
 
 
それにお笑いって、人をバカにしたり容姿をけなして笑いをとるのが、痛々しいときがある。
 
なんか、見ていると時々自分に矢が刺さってくるというか。それがテレビを見ていてお笑いについていけないなと思う原因でもあると思う。
 
 
まあそれはおいといて
そんなわけで現代は、楽しさ、笑いなどエンターテイメントが幅を利かせている時代です。
 
でも中身がない。楽しいけれど、空っぽです。
  

楽しさを求めるのはなんでなのか

  
人が飲んでバカ騒ぎして、楽しまずにはいられないのはなんでなんでしょう。
 
 
ハロウィンの若者のことはよくわからないけども、私のまわりの酒飲みは、仕事に対してものすごく真面目です。休みもとらず働いてます。
 
私なんかより、よっぽどちゃんとしてます。
 
でも私生活では、飲んで騒いでムチャをして楽しまずにはいられない。
 
軽トラをひっくり返すという無茶をする若者も、同じように思えます。
 
 
何かつまらないんだと思います。
 
 
仕事して、ご飯食べて、寝て、また仕事に行く。
真面目に仕事をすることでいっぱしに認められてはいるけども、それだけの人生。何かおもしろくない。
 
こんなものではない、もっと素晴らしいはずの自分の人生。
理想と現実のギャップをうまく消化できなくて、お酒を飲んで騒いで楽しむことで、なんとなく感じる物足りなさを誤魔化したり、あり余るエネルギーを発散させてるんじゃないかな。
 
というのがひとつ目に思うコト。
   

虚しさや寂しさを紛らわせてる 

 
もうひとつは、騒ぐことで寂しさを紛らわせてるのかなとも思う。
 
飲み会でみんなでわいわい騒いだ後の帰り、夜道を一人歩いているとなんか虚しいってことないですか。
 
楽しさの後の夜、部屋で一人になると、孤独が押し寄せてくる。
 
そんな虚しさとか寂しさを紛らわせるための簡単な方法は、また飲んで騒ぐことです。
 
ひたすら飲んで騒いでを繰り返して頭を空っぽにしようとしてるんじゃないかな。
生きる虚しさや孤独感と向き合うのはあまりにもつらいから。
 
  
楽しさを求めるのは、虚しさや孤独感といった問題に向き合うのを避けるため。
 
楽しむことに一生懸命な人たちを見ると、1人になると感じざるを得ない虚しさや孤独感に気づかないふりをして、目を逸らそうと必死になっているように思える。
 
だからなんとなく、そういう人をみるとちょっと悲しくなるんだろうな。
 
そんなかんじです。では