ジユログ

自由に生きたい看護師のブログ

食事介助と食べない自由

私が病棟で働いていた時、理由はわからないけど何かショックな出来事をきっかけにうつ病になり、食事をとれなくなった高齢患者さんが入院してきました。

 

食べやすい食事形態に変えたり家族さんに食べやすい物を差し入れしてもらったり、なんとかごはんを食べてもらおうと看護師は必死。それでもほんの少ししか食べられず、高齢なので体力もなく日に日に衰弱していきました。

 

どんどん弱っていくその人に対して、看護師は時々、というか頻繁になんでごはん食べないの!食べないと死ぬよ!と怒ってました。

 

するとそれまで1割から3割程度の摂取量だったのが、ある日急に完食するようになったんですよね。これはおかしいと不思議に思った看護師がゴミ箱の中を調べてみると、そこにはティッシュに包まれてごはんが捨てられていました。

 

そのことはみんなに申し送られ、看護師たちは激怒。

ついにあいつはそんな悪いことをするようになったか、てなかんじで詰所で盛り上がってました。

 

さて、悪いのはどっちなんでしょう。私は悪いのはこの患者さんのほうなんて思えないです。

 

悪いのは食欲も気力もなくてごはんを食べられないのに、食べろ食べろと毎日プレッシャーを与え続けていた私たちのほうじゃないかな。

 

食べたくても食べられないのに、毎日プレッシャーをかけられても困るし、食べられない事情には一切共感もなく配慮もせず、ごはん食べろー!と怒る責めるって、そりゃつらいだろってね。

 

 

 

ほんとなら、何かショックなことがあって気持ちが落ち込んで食べられないって人がいたら、まずはつらいですねって共感を示すのが人として普通の関わりだと思うんですよね。もっと違うアプローチもあったと思うんです。

 

 

そうとは言え、病院ではそんな余裕がないのも事実。

 

衛生管理上、決まった時間に決まった食事しか出せないし

ゆっくり患者さんの話を聞くひまもない

病院は治療をする場所だし、患者さんをよりいい状態にするのが看護師の仕事なので、食べたくなかったら食べなくてもいいよ、なんて言ってあげることができない。

食べないという患者の自由を認めることができないんです。

 

病院ってそういう面ではとても不自由な場所だと思います。

病院はあくまで治療する場所なんですよね。患者として入院すると、食べるもの、活動範囲、入浴の可否などあらゆる生活上のことに治療上の判断が必要で、病院のルールに合わせないといけません。

 

そして看護師は病院のルールを患者に守らせるのが役目の一つでもあるので、病院の看護師には患者の希望に合わせるって発想はあまりなく、管理がメインになりがち。

 

施設や訪問看護なんかだとそのへんは緩くて、利用者の希望に添った対応がある程度は可能にはなるんだけども。

 

 

もうひとつ、食べないことを認められないのは、社会的な価値観の違いでもあるのかもしれません。

 

高福祉社会として有名なスウェーデンなど北欧諸国では、高齢者の尊厳を守ること、自己決定を大切にしています。

 

こういう国では、スプーンで食べ物を口に運んで食べさせる食事介助をしません。

 

食べられるように食事をセッティングはするけども、食べる食べないは本人の意思。看護師や介護士の価値観を押し付けて、食べることを強制してはいけないのです。

 

そのかわり、障害のある人でも持ちやすい自助具を用意したり、食べやすく切ったりする手伝いは徹底的に行われます。

 

 

食事介助をしないというのは日本ではありえません。食べられなかったらスプーンで口に運んで食べさせてあげるのがあまりにも普通になっています。

 

でも実際食事介助をしていると、患者さんが嫌がっていてもまだ残ってるからもうちょっと頑張って、と無理やり食べさせたり

 

他の看護師が食事介助しているときはたくさん食べてるのに自分が介助のときに少ししか食べてくれないと、自分のやり方が下手なのかなとか、さぼってると思われるかななんて余計なことを考えて、ついもうちょっと食べようよ、と強制してしまこともありました。

 

食べるほうがいいという価値観にあまりにも私たちは強く縛られすぎていて、かえって患者さんや介護される人を苦しめることがあるのは否めないです。

 

 

食べなくて怒ったり責めたりするのと、食べない自由を認めるのとどちらがいいでしょう?

 

北欧のように食事介助を一切しないとまでは割り切れなくても、もう少し、食べない自由を認めてもいいんじゃないかって思います。