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自由に生きたい看護師のブログ

英語の民間試験導入延期。日本の英語はガラパゴス化してるよね

 

文科相の「身の丈」発言で受験での英語の民間試験利用が延期になったようです。

 

ものすごく批判されている民間試験導入だけど、そもそもの目的は英語のコミュニケーション能力向上。そのために「読む」「聞く」「話す」「書く」の4技能を習得しようってことです。

 

 この方針自体はおかしなことではないと思います。

 

なのに、なぜ!こんなことになってしまったのか?!

なんていうか、目的はいいのにそのための方策がちょっとずれてるんじゃないかと思います。

 

 

英語は楽しいし役に立つ 

私は学生の頃英語が苦手で嫌いでした。でも社会人になって自分のペースで勉強すると、けして苦痛ではないし楽しいです。

 

一生懸命勉強した英語で、カタコトでもなんとか外国の人と意思疎通ができた瞬間って物凄く嬉しいし

インターネットで英語で検索をかけると日本語よりも圧倒的に多くの情報を得られます。

もっともっと英語ができるようになったら、映画や音楽、ゲーム、本など海外発の英語コンテンツを英語のまま楽しむことができる。日本語版の海外コンテンツは限られているので、英語ができると世界がもっと広がります。

 

単純にそういうのって嬉しいし楽しいし役に立ちます。

 

言語はコミュニケーションのツールなので英語を学ぶ一番の目的はやはり、英語でコミュニケーションをとること。

 

そしてそのために英語の授業でまず教えるべきことは、英語を学ぶ楽しさや、英語を使って世界とつながることの素晴らしさだと思います。

 

なんていうか英語の授業で英語嫌いな人を作るんじゃなくて、英語への興味を上手に引き出してくれるものであってほしいなと。

 

ところが日本の学校での英語って、なんかずれてる。

 

ガラパゴス進化した日本の英語教育

日本人で、学校で英語習ったので英語少し話せますって人は皆無。

中学1年で習ったはずの簡単な挨拶すら外国人を前にするとできない。

英語の勉強っていうと、単語を覚えたり文法書を解いたりすることが主で苦行。

ネイティブからすると、日本の英語の教科書にはネイティブがあまり使わない表現が載ってたりするらしい。

そもそも英語の先生なのに英語話せない人がいて、そんな人が教えてるってのも問題。

 

 

 よくよく考えるとこれっておかしいよね。

 

例えば外国で、日本に来たこともないし日本語も話せないけど、日本語を勉強したことがある。という程度の人が日本語教師としてその国の人に日本語を教えてたらどうでしょう?

 

逆の立場で考えると違和感があります。

なんで日本語話せないのに日本語教えてるの?って思うし、下手したら自分のほうがうまく日本語を教えられるんじゃないかという気がします。

 

 

文法や単語の意味を覚えさせるだけで日本語の文章を作る練習はなく、

ひたすら日本語を読んで自分の国の言葉に訳していく

発音もめちゃくちゃで、日本人が普段は使わない表現を教えてたり。

 

日本ではそんな日本語使わないよ~こっちの言い方のほうが自然だよ!とか口出ししたくもなります。

 

でもその国の大学受験では日本語が重要な科目で、たとえ日本人が使わない表現でも受験に出題されるのです。

 

受験に出るので学生は得点をとるために覚えないといけない。

 

実際のところ彼らは日本に来るつもりなんてないし、日本語でコミュニケーションをとる必要性もない。

日本人からしたらおかしい表現とかそんなのはどうでもいい。ただその国の日本語という科目で点をとるためにやってる。

 

という国があったとしたら・・・

 

なんか不憫だなぁと思います。

 

一生懸命日本語勉強してるのに話せないって、なんのために日本語勉強してるの?って多少は思ってしまうし、日本語を使って日本人とコミュニケーションをとって世界を広げたり、日本の漫画やアニメを読んだりみたりすることもできるのにね。 

 

でもその国の人たちにとってはそんなのどうでもよくて、その国でよりいい社会的地位を得るために必要な科目のひとつでしかない。

 

それはもはや私たちの日本語ではなくて、その国で独自進化した日本語。

 

 

日本での英語って、そんなかんじ。

客観的にみるとなんかものすごーーーく残念!

そして奇妙なんですよね。

 

でもたしかに英語を勉強する受験生からしたら、

 

ネイティブが使わないとかそんなんどうでもいいんよ

受験には出るから。

私たちはお前たちと話すために英語を勉強してるのではない。

受験のために勉強してるだけ

英語勉強してるのに話せないとか余計なお世話だし!!!

 

ってかんじなんですよ。

 

いわば私たち日本の英語は、人とコミュニケーションとるための英語ではなくて

日本社会の中だけで通用するように独自進化したガラパゴス英語

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日本の英語はコミュニケーションには役立たずだけど、一概にネイティブは使わないから覚えなくていい、とは言い難い。

 

だってテストに出るから。

 

日本を取り巻く状況は変わってきている!

これまではそれでよかったかもしれません。

でも今のグローバル社会では英語ができないと世界から取り残されていくだろうし、日本はこれから人口が減って経済規模が小さくなっていきます。

 

これまでのように日本人が日本の中だけで生きていくのは難しく、世界を意識しないといけなくなると予想されます。

 

外国なんて知らん。と言ってる場合ではないのです!

 

なのでこれからは英語でコミュニケーションとれるようにしよう!って国は舵取りしたわけだけど、そんな急に言われても無理なんですよ。

 

英語の民間試験導入が批判された理由

受験でコミュニケーション能力を問うためにはその前に学校で教える必要があり、学ぶ環境が必要です。

 

しかし、大学受験をゴールとする学校システムはすでに出来上がってるので、これまでの教育方法や評価方法を変えるのはとても困難です。

 

受験は公平に大量に採点しないといけないのに、どうやってコミュニケーション能力を採点するの?という問題の他にも

 

全国津々浦々に配置された英語教師の中には、英語を話せない英語の先生もいます。

日本の受験で通用する英語を教えることはできるけど、国外で通用する英語を教える力量がない人も少なくないはず。

 

そういう教師をクビにして入れ替えるわけにもいかないし、これまで何十年と培われてきた日本の特殊な英語の教育方法をいきなり変えるのは制度的にひじょーーーに難しい。

 

そういう教える・学ぶ環境の問題のところをすっ飛ばして

 

コミュニケーション能力とか「読む」「聞く」「話す」「書く」の4技能を評価するなら、わざわざ作らなくても既にいいのがあるじゃん!

英語の民間試験を利用したらいいじゃん!

 

と思い付きのように結果の部分だけ帳尻合わせて誤魔化そうとしたのが批判されているホントの理由ではないかと思います。

  

それに学生や親は、英語でコミュニケーションとることより実際のところ受験が大事。

 

グローバル社会で役立つ英語能力を、という国の方針は間違ってはないと思います。ただやり方があまりにもズサンだし、受験とはちょっと違うベクトル向いてるのでうまくいかないのかな。

 

じゃあどうしたらいいのか?

対外的にコミュニケーションとれる英語は役立ちます。これはやっぱり大事な能力だと思います。学生のうちに身につけられるなら、それに越したことはない!

 

そもそも受験が悪いんじゃない?そんな気がします。

 

ってことで、これをどうにかして世界に通用する英語を身につけるためには

 

  1. 英語を受験科目から外す
  2. 入学時点でふるい分ける大学入試をなくして、欧米のように入学は易しく、卒業は難しくという方法にしてみる。
  3. 小学校・中学・高校での英語教育をイノベーションの域で改革する

 

どうですか?

 

どれも現実的じゃないよなぁ。

日本はとにかく変化が嫌いで、身を削って大きく変化するくらいなら、壊れた体制のまま行けるところまで突き進んでそして玉砕!っていう性分だし。

 

やはり改革は難しい。

 

これまでの英語教育は変えないまま、国際感覚と経済力のある親だけが子供の英語教育に力を入れてグローバルに育てる、という経済格差丸出しの方法が一番無難に思えます。

 

そしてグローバルに育った優秀な人達が、どんどん日本から海外へ逃げていくという日本の終末が見えます・・・?!チーン

 

英語の民間試験どうのこうのと責め立ててる場合ではなく、どうしたらいいか考えたようがよくはないですかね?