ジユログ

思いついたことをつらつら書いているブログです

50代の男性が「子どもが欲しい」を理由に若い女性と結婚を希望するのはどうなの?

自営業の50代男性(60歳目前)が跡取りが欲しいらしく、結婚相手を探してるんだけどあんたどう?子供がほしいから30代までの女性がいいんだって。

 

なんて誘いを先日受けまして、丁重にお断りしたけどなんだかこれってどうなのともやもやしました。

 

女性がばかにされてるような気がして。

 

子供を産むのはたしかに一定の年齢までの女性にしかできないことです。

 

でも!子供目当てで結婚したいって、いつの時代の話?江戸時代の士族か?

 

ご本人にとっては跡取りのために子供がほしいというのは切実な願いなのかもしれませんが、女性は子供をつくるための機械じゃないんだぞ!とモヤっとした次第です。

 

 

 

そもそもな話。

結婚、子ども、マイホーム

 

一般的にはそういうのが幸せな人生と思われていて、それに固執して結婚のために結婚したり子どもを作る人もいます。

 

が、私はあまりそういうのにこだわりがないです。

 

こういう人生が幸せなんだと決めつけてそれに縛られると、かえって不幸になるんじゃないかなと思います。

 

 

独身の人に対して何か嫌なことがあった時、「だからあの人は独身なんだ」なんて言葉が出ることがあります。

 

この言葉から垣間見えるのは、結婚していない人は何か問題のある人だという決めつけや蔑視、差別です。

 

 

こういう価値観に縛られる独身の人は、「普通の人生」を送る側になれなかったことに劣等感を持ちます。

 

一人であることの孤独感だけでなく、社会からの蔑視や差別に耐えなければならないのです。

 

 

じゃあ結婚して子供を持てた人は幸せなのかというと、そうでもないです。

 

まず、今の日本で子育てをするのは相当に大変なことです。

 

教育や生活にお金がかかることもだけど、子育てしながら働くとなると、仕事を終えて家に帰ると家事に追われ、睡眠時間は1日4,5時間、休日は学校行事で潰れる

 

そんな話を聞いて日本のワーキングママは人並み以上の体力がないと務まらないと心底震えました。

 

 

そして、「自分は結婚できた。子どもがいるから勝ち組だ」

 

そういうことを心の拠り所にしてしまうと、今度はママ友の中で子どもの出来を比べたり別の競争に巻き込まれます。

 

自分の信念、価値観に沿って生きるのではなくて、社会から求められる役割やまわりの基準に合わせて生きているからです。

 

そしてそれはかなり窮屈で貧相な生き方だと思います。

 

まわりの基準に合わせて生きることに縛られると、どちらにせよあまり幸せにはなれません。

 

 

まわりの基準に合わせて生きるのではなくて、自分の信念、価値観で生きること。

 

大事なのはそういうことだと思います。

 

 

というわけで、こんなことを言うとかなり変わり者扱いされるんですが私は結婚や子供に憧れがないです。

 

パートナーがいたらその次のステップとして結婚を考えるかもしれないけど、相手もいないのに結婚したいとは思わないし、

 

好きな相手がいたらこの人との子どもってどんなだろうとか、子どもがいる家族になれたらいいなとか思うかもしれないけど、自分の老後の面倒を見てもらうために子供がほしいとか、子どもが欲しいから結婚したいとは思いません。

 

 

 

話を最初に戻しまして、そんなかんじなので跡取りがほしいから子どもの産める女性と結婚を、に対して「は?何言ってんの?」という感想でした。

  

 

集団に合わせるのではなく、個人として生きることが私のモットーとするところで、そういう私にとってはそもそも跡取りという発想自体が性に合わないです。

 

家のためにとか、家を残すためにとかそのようなことは知ったことではないというかんじです。

 

そもそも跡取りは自分の子供でないといけないの?

自分の子供でないといけないならその理由はなに?

跡取りって言うけど、後は継がないといけないものなの?

子供ができたとして大人になったときに跡なんか継ぎたくないと言いだしたらどうするの?

というところも素朴に疑問です。

 

 

さらに跡取りのために結婚って、女性を子どもを産むための道具としか見てないんじゃないかという女性差別な印象もあります。

 

子どもは女性にしか産めないんだから仕方ないと言われるかもしれません。

 

でも「お前と結婚した理由は子どもを産んでもらうためだ」なんて言われたら悲しいじゃないですか。

 

子供が産めない体だったら、役立たずと非難されてきっと離婚されます。

 

女性にしか子供は産めないのは事実なんだけども、そういう事実がどうこう以前の問題として一人の人間としてみてもらえないっていうのは寂しいです。

 

 

ほぼ60歳の50代でも「これから先の人生を一緒に過ごすパートナーがほしい」って言われたらまったくもって「なに言ってんだこいつ」とは思わないしむしろ応援したい。

 

いくつになっても恋愛してもいいと思う。

 

「子育てしたいから養子も考えてる」とかだったら、年齢を理由にそれができないなんて理不尽だ!くらいに思ったかもしれない。

 

でも子どもがほしいから女性と結婚と言われると、その女性の人間性を無視されたようでなんだか感情的に反感をもってしまいました。

 

 

これがまっとうな感じ方なのか、自分が女性だからそう感じるだけなのか、社会の男女平等を良しとする価値観に乗らされたものなのかはよくわからないけれども。

 

 

社会の基準ではなく自分自身の信念、価値観で判断したいと思っています。

 

でも知らない間に自分の考えは誰かの意見や目にしたものに影響されてしまっていて、自分の考えと思っていたものが実はまわりの環境に影響されてただけなんてこともあるのが難しいところ。

 

とモヤモヤしたものを吐き出してみました。 では!